「ジュノー音楽祭」12月1日(土)15時開演 広島県民文化センター/"Junod Music Festival" to be held on Sat, Dec 1, 15:00, Hiroshima Prefectural Culture Center

MOCT(モースト)

モーストとはロシア語で「かけ橋」を意味します。NPO法人モーストは医療支援活動を通し、広島から世界平和のかけ橋になることを願っています。被爆後の広島に15トンの医薬品を運んだ赤十字国際委員会のマルセル・ジュノー博士の人種、国境、宗教を超えた「人類愛」や「勇気」を尊び、その遺志を受け継ぎ活動しています。 MOCT is a Russian word of “bridge”. NPO MOCT believes that we become a bridge of the world peace from Hiroshima through our medical support campaign. We are taking over precious wills of Dr. Marcel Junod which are “the love for humanity” and “courage” beyond race, nationality and religion. He was a member of International Committee of the Red Cross and carried fifteen tons of medical supplies to Hiroshima after the dropping of the atomic bomb.

活動内容

医療支援活動
医師である理事長の夫のロシア医療視察がきっかけとなり、これまでウクライナをはじめチェチェン難民キャンプ、パレスチナ・ガザ地区の小児喘息医薬品、イランの毒ガス被害者など、主に海外の医療支援を行っています。
毎年、イランから毒ガス被害者と映画関係者を広島へ招き、大久野島毒ガス資料館を訪問し、8月6日、広島平和記念式典に参列しています。また同時期に「広島イラン愛と平和の映画祭」を開催しています。世界で唯一の「毒ガス被害者が主役」の映画祭です。

もっと詳しく


広島イラン愛と平和の映画祭
2014年2月3日、イラン最大の映画祭”Fajr International Film Festival”でアニメ「ジュノー」が特別上映され、尽力くださったシナリオライターから「イラン映画祭」を原爆記念日の8月6日にかけて広島で開催する提案を受けました。イランの映画監督らも同行し、ヒロシマの原爆、イランの毒ガス被害の悲劇のみらず、すべての人が生きるために必要な勇気と希望を提供するために、同年スタートし毎年開催しています。

もっと詳しく


ジュノー音楽祭
ジュノー音楽祭は、毎年1回チャリティー音楽祭として開催を続けております。この音楽祭は被爆直後の広島に15トンの医薬品を届け、自らも救援活動にあたったスイス人医師で赤十字国際委員会のマルセル・ジュノー博士の精神を尊び世代を超えて愛と勇気の大切さを伝えていっています。収益は海外医療支援活動などに充ててジュノー博士の意思を継ぐことができるように活用させていただいております。

もっと詳しく


アニメ「ジュノー」
1994年、海外医療支援活動を開始して10年目、挫折していた時に、マルセル・ジュノー博士が被爆直後の広島に医薬品を届けるために大変な困難があったことを思い出しました。博士は困難にぶつかるたびに無償の愛、希望、勇気を持ち続け、人々を救援したことは人生の大きな手本になると感じ、博士の生涯を描いたアニメ「ジュノー」制作を思い立ちました。2010年に完成し、皇后陛下にもご鑑賞いただきました。今後も世界中で上映を続け、博士の精神を共有し、幸せに生きることを学びとっていただきたいと願っています。

もっと詳しく


モーストへの想い

NPO法人モースト 理事長 津谷静子

医師である夫のロシア医療視察がきっかけで海外医療支援を始め、1994年、ロシア語で「架け橋」を意味する「モーストの会」を立ち上げました。夫の父が広島平和記念公園にある「ジュノー記念碑」を刻字したこともあり、被爆後の広島に15トンの医薬品を運んだ赤十字国際委員会のスイス人医師マルセル・ジュノーが、広島の恩人であることを耳にして過ごしてきました。ジュノー博士の人種、国境、宗教を超えた「人類愛」や「勇気」を尊び、その遺志を受け継ぎ活動を行っています。また2004年、「広島世界平和ミッション」のメンバーとしてイランを訪れ、化学兵器被害者から「ヒロシマのことは世界が知っているが、化学兵器被害者のことは誰も知らない。ヒロシマから世界に発信してほしい」と切望され、知ってもらうことがどんなに人が生きていく糧になるのかに気づきました。幾度もの支援の挫折から学んだ「心の薬を運び、人を幸せにすること」、これが大切な使命と思い支援をしています。